第三十二話 賽の目

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 作家のT先生から聞いた話である。
 ちょっとした集まりで、知り合いのFが妙なことを言い出した。
「ぼくね、すごいことができるようになったんだよ」
 T先生のほかにふたりの人がいて、Fの話に耳を傾ける。
 Fは小さめのサイコロを4つと、湯飲みをひとつ取り出した。最初から皆に見せるつもりで用意してきたのだろう。
 Fは丁半博打のようにサイコロを湯飲みに入れ、テーブルの上に伏せる。そして滑らせるように、くるくると湯飲みを回した。湯飲みを開けると、サイコロの目はすべて赤い点、1である。何度やっても、すべて1が出る。しかし、ほかの人がやってみると、当然のことながら、目はばらばらだ。
 皆はFが、手品を習得したのだと思ったのだが、T先生は「なんだか嫌な予感がした」と言う。「この人、危ない」と思ったそうだ。
 それからいくらも経たないうちに、Fが精神を病んで入院してしまったと聞いたそうだ。
 賽の目をすべて1にする妙技が、それに関係しているかは定かでないが。

 三十二本目の蝋燭を、吹き消します。 

 

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第三十一話 井戸の老婆

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 友人IとFが福岡に住んでいたころの話だから、10年ほど前だろうか。
 暦の上では夏は過ぎたが、まだまだ暑い日のことである。ふたりは川沿いを車で移動していた。何度も通っている道だ。
 突然、運転をしていたFが悲鳴を上げた。古井戸の手前である。
 Iには見えなかったが、Fには見えた。古井戸から、老婆が出てきたのである。それだけでも異常だが、老婆の顔は、明らかに大きかった。そしてなにか叫んでいるようであった。
 Fは何度か、この世の者でない人を見た経験があった。
「危ない! 引きずられる!」
 咄嗟にそう感じたFは、老婆から視線を反らし、前だけを見ることに集中したそうだ。
 お彼岸の中日には、地獄の蓋が開くと言う。水の近くには近寄るな、と言う人もある。
 その日は、ちょうどお彼岸の中日だった。

 三十一本目の蝋燭、吹き消します。

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第三十話 三俣のお地蔵さん

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 知人Fが高校生のころの話だ。Fには兄がいるのだが、悪性リンパ腫で入院、放射線治療、手術を繰り返していた。医者から「覚悟はしておいたほうがいい」と言われたそうだ。
 そんなある日、Fの夢に、亡くなった父が現れた。大きな扉があり、扉には後光が差していた。荘厳な空気の中、扉が重々しく開き、光の中から父が現れた。
「線路の脇の小さな祠に、お地蔵様がいる。お地蔵様に手を合わせ、兄の回復を祈りなさい」
 亡き父のお告げであった。
 Fは姉にも兄にもこのことを話した。
「そういうお地蔵さん、知ってる?」
「それって……三俣のお地蔵さんじゃないかな?」
 姉がそれらしきお地蔵様を知っていたので、兄弟で行ってみると、まさに夢のお告げ通りの祠があるではないか。手を合わせ、兄の回復を祈った。
 そのご利益なのだろうか? 兄は、治療の影響は少し受けたものの、元気になった。30年以上経った今も元気で、お酒も飲んでいると言う。
 しかし、亡くなったお父様は、どれほど徳を積まれた方なのだろうか? まさに仏界から降臨したかのような登場である。

 三十本目の蝋燭、吹き消します。

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第二十九話 仏間の気配

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 Nが高校生のときの話。Nは妹とふたりで、ミュージシャンを夢見ていた。当時は北海道在住で、コンテストにも何度か出場したらしい。
 ある晩、姉妹はふたりで留守番をしていた。居間で、曲の練習をしていたそうだ。Nはギターを弾き、妹が歌う。
 と、妹がふっと歌うのをやめた。Nもギターを弾く手を止める。
「なんか、音がしない?」
 妹は、隣の仏間から物音が聞こえたと言う。言われてNも気づいたが、外にいる飼い犬が、やけに吠えている。
 これは、もしかしたら、泥棒が入っているのではないだろうか?
 Nは、小遣いを貯めてやっと買ったギターを盾に、恐る恐る襖を開けた。しかし、仏間には誰もいない。
 気のせいだったとホッとして、練習を再開。するとやはり、仏間で気配がする。ギターの音色の影で、誰かが歩いているような音が聞こえるのだ。気にしてみると、片足を引きずっているように思われるほど、確かに聞こえる。けれど、演奏を止めると、足音も止む。襖を開けても、誰もいない。
 少し怖くなっているところに電話が鳴り、姉妹は跳び上がった。
 それは、母からの電話だった。
「おばあちゃんがね、今、息を引き取ったよ」
 その日、Nの母は、入院中の祖母の見舞いに行っていた。いや、看取りに行っていたと言ったほうがいいか。
 Nも、妹もも、その知らせを受けて気が付いた。入院前まで一緒に暮らしていた祖母は、片足が不自由で、引きずるように歩いていたではないか。
 おそらく仏間には、祖母がいたのだろう。亡くなる前か後かは分からないが、帰って来たのだろう。
 余談だが、N姉妹が何度か出場したコンテストでは、毎回同じ人が優勝していた。吉田美和。「ドリームズ・カム・トゥルー」のボーカルである。
 その話を聞いた人は「そりゃ、勝てないよ」とは言うが、N姉妹がどの程度まで戦えていたかまでは聞かない。大人の礼儀である。

 二十九本目、吹き消します。

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第二十八話 校庭の大銀杏

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 Kが中学生のときの話である。
 ある夜、友人と共に学校の校庭に忍び込んだ。特になにか目的があったわけではない。この年頃の男の子には、夜中に学校に入ることそのものが意義のあることなのだ。
 N中学校の校庭には、大きな銀杏の木がある。Kの話を聞いて、私もN中学校の外側から銀杏を確認した。体育館の斜め前、「校庭の隅」と言うにはやや中寄りという、中途半端な位置に、大木はあった。
 その根元に、Kたちは座っている人影を見つけた。青っぽい作業着を着た男。男はKたちが自分に気づくのを待っていたかのように、すうっと立ち上がった。
「ヤバい! 怒られる!」
 Kたちは思い、走って体育館の裏に逃げ込んだ。しかし、逃げ込んですぐ気づいた。こんな細い道に逃げ込んでしまっては、男に反対側から来られたら、鉢合わせしてしまうではないか。かと言って、戻ったとしても、男は逆側から追って来ているかもしれない。男の動きを見定めてから逃げるべきだったのだ。
 とりあえずその場に留まり、男の姿を見たら、反対側に逃げることにした。
 けれど、しばらく待っても、男は追って来ない。恐る恐る体育館の裏から出てみたが、銀杏の木の根元には、もう誰もいなかった。
「ねえ、おかしくない? 作業服着てるんだから、先生じゃないよね?」
「不法侵入じゃねぇの?」
 不審に思ったKたちは翌日、自分たちも叱られることを覚悟で、担任の国語教諭にこのことを話した。担任の反応は、Kたちが思っていたものと違った。
「え? 銀杏の根元に? 本当に?」
 頷くと、こんなことを尋ねられた。
「あの銀杏の木、曰く付きだって知ってるか?」
 N中学の歴史は、そこそこ古い。尋常小学校として開校したのは1900年のことだ。1953年に小学校校舎が近くに建てられ、尋常小学校はN中学校となった。銀杏の木は、その大きさから想像するに、1900年の開校当初からあったのではないか。とすれば、樹齢は120年以上だ。120年の間には、校舎も建て直したし、校庭を広げたりもしたろう。そんな流れの中、いつの間にか銀杏の木は、中途半端な位置にそびえることになってしまったのではないだろうか。
 担任が言うには、過去、少なくとも2回、銀杏を切り倒す計画が持ち上がった。けれど、いずれも流れてしまった。切り倒すことに決定し、業者に依頼したが、作業員2名が行方不明になり中止になったこともあったらしい。
学校の怪談」として聞くのなら、ありがちな話である。しかし、Kたちは前夜に銀杏の木の根元に、男を見ている。その男の青い作業着と「行方不明になった業者」が重なり、Kたちはゾッとした。あんな暗い中で、作業服の色まで分かった不思議に気づいたのも、この時だと言う。
 N中学には死亡者が多いと聞いたことがある。事故死、自殺……まあ、学校の歴史が古ければ古いほど、そうしたことも増えるだろう。けれど、刺殺事件まである学校は少ないのではないか。もちろん、すべてを怪談に結びつけようとは思わない。

 二十八本目の蝋燭を吹き消します。
 

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第二十七話 深夜にたたずむ少年

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 同僚Kが話してくれた。7、8年前のお盆のことだそうだ。
 当時夜勤だったKは、会社が休みでも夜更かしの習慣は抜けず、深夜1時ごろ、近所のコンビニに買い物に出かけた。帰り道、友人から電話がかかってきて、おしゃべりをしながら歩いていたと言う。
 Kは住宅街の曲がり角で、何の気なしに曲がった。自宅へ最短距離で戻るには、もうひとつ先の角を曲がるべきなのに。おしゃべりに気を取られていたせいだろうか?
 と、少年の姿を見かけた。小学校高学年か、中学1年生くらいか。真夜中ではあるが、夏休みだし、さほど気にしなかった。けれど、近づくにつれ「おかしい」と思った。
 少年は街灯と、家の塀の間に立っている。うつむいて、じっと地面を見ているようだった。微動だにしない。顔は、むくんでいるように思われた。顔色も悪い。土気色に見える。しかも、街灯の真下に立っているわけでもなく、薄暗い中にいる少年の顔が、なぜ、こうもはっきり見えるのか?
「俺、今、ヤバいもん見てるのかも知れない。ちょっと電話切らないで、しゃべり続けてくれよ」
 Kは友人に頼んだ。
 なるべく見ないように、少年の前を通り過ぎる。すると、背後になにかの気配を感じた。首筋に息がかかりそうなほどの至近距離に、気配を感じたと言う。
 後ろに引っ張られるような感覚もある。体のどこかを引かれるのではなく、背中の毛穴すべてから細い糸が出ていて、それを引っ張られているような感じがしたそうだ。
「ヤバい! ヤバいよ! すぐ後ろに気配がするんだよ。なにかくっついて来てる!」
「振り返ってみればいいじゃん」
「絶対ヤだ! そんなこと、できねぇよ!」
 友人と会話を続けながら、必死にKは歩いた。
 ようやく曲がり角に差しかかる。曲がったとたん、背後の気配は消えた。Kは、冷や汗をびっしょりかいていた。
 後で思い出した。Kは少年を知っていた。年も違うし、べつに仲良くしていたわけでもないが、近所の子で、小さいころから見知っていた。中学に上がったころから心を病み、首を吊って自ら命を絶った子だった。微動だにせず、顔がむくみ、地面をじっと見ているような姿勢。それは……。
 少年が立っていたところは、彼の家だった。お盆で帰って来ていたのかもしれない。
「そこへ顔見知りの俺が通りかかったから、会いたかったのかな?」とKは言う。
 だとしたら、Kがきちんと彼を覚えていたのは、慰めになったのではないだろうか?

 二十七本目の蝋燭、吹き消します。

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第二十六話 小さいおじさん

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 一時期、テレビなどでも「小さいおじさん」の目撃談が流されたが、私の身の回りにもひとり、目撃者がいた。
 私がパン屋さんで働いていたときだから、もう13、4年前に聞いた話である。同僚のHが話してくれた。
 Hが子どものころ、法要かなにかで、親戚一同がお寺に集まったときのこと。お墓に手お合わせ、戻る途中、にわかに雨が降ってきた。慌てて本堂脇の休憩所に駆け込み、雨宿りをした。
 外を見ながら、立ち話する大人たち。子どもの目線は低い。Hは大人たちの足許に、妙なものを見た。10cmに満たない小さなおじさんが、親戚の伯父さんのかかとを、一所懸命押していた。母親に「小さい人が、なにかしてる」と言ったが、大人同士のおしゃべりの最中で取り合ってもらえない。じっと見ていると、ついに押し出されたように、伯父さんが足を踏み出した。
「お、雨、上がったな」
 休憩所から出た伯父さんは、空を見上げながら言った。
 Hは「たぶん、小さいおじさんが、もう雨が上がるから行けって教えてたんだと思う」と言っていた。
 Hはこの他にもう一度、小さいおじさんを見かけたと言っていたが、忘れてしまった。この話も、2度の目撃談が混ざってしまっているかもしれないが、ポイントは押さえていると思う。
 小さいおじさんは、妖精や精霊のような存在なのだろうか? なぜ、おじさんの姿なのだろう? 私も見かけたら、インタビューしてみたい。

 二十六本目の蝋燭、吹き消します。

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