第一話 軽井沢の山荘にて

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 中学、高校のころ、風変わりな塾に通っていた。そこの先生は当時、とある大学の講師も務めていた。その関係で、大学所有の軽井沢の山荘で、毎年夏に1週間の合宿をするのが恒例となっていた。
 野鳥の森の中にあるこの山荘は、大学生が管理している。やや古い木造の建物で、宿舎には8人部屋が廊下を挟んで向かい合わせに3部屋ずつあった。廊下の突き当りはトイレである。隣接して食堂があり、その奥には渡り廊下で繋がった宴会場があった。この宴会場が、我々塾生の1週間の勉強部屋である。
 朝昼晩と勉強をするのだが、なにせ大学の山荘なので、我々の他にも大学生の利用者が来る。そうなれば合同の宴会になるのは自然な流れで、夜の勉強時間は度々宴会となった。それはそれで人生勉強である。

 軽井沢の雷はすさまじい。雷雲の中に入っているようなものだから、雷鳴はゴロゴロなどというおとなしいものではなく、爆発音だ。落雷のために停電することはしょっちゅうあった。
 私が中学3年での合宿でのこと。
 その日の夜は宴会となった。雷の夜だったが、宴会は盛り上がっていた。山荘管理委員会の男性がひとり、眠気に勝てず中座した。
 私は途中、トイレに立った。渡り廊下を通り、食堂を抜け、廊下の突き当りのトイレで用を足す。帰りも同じルートを逆に辿るのだが、食堂の窓際の席で、ノートに書きものをしている人を見た。白地にオレンジと黒のチェック柄の半そでYシャツ。山荘管理委員会の学生は、中座した人の他にもうひとりいて、私はその人が仕事をしているのだと思い、たいして気に留めなかった。
 渡り廊下でしばらく雷を眺め、宴会場に戻る。すると、先ほど見かけたと思った学生がいるではないか。雷を見ている間に、後ろを通っていったのだと思った。
「さっきはなに書いてたんですか?」と尋ねると、「いや、ずっとここにいたよ」との答え。たしかにシャツが違う。すると食堂で見たのは、中座した人だったか。
 翌朝、中座した人に尋ねると「いや、ずっと寝てた」とのこと。
 では、私が見た人は誰なのか?
 昨晩、その人が座っていた席を見る。窓際の、一番隅の席。その席の背後にあたる壁をふと見ると、去年はなかった額が飾られていた。眼鏡をかけた男性が、マイクの前に立っている写真が納められている。
「あれ? この写真は?」
「ああ、山荘管理委員会のOB。体が弱かったんだけど、去年亡くなって……」
 写真の男性は、白地にオレンジと黒のチェック柄の半そでYシャツを着ていた。

 私はいつのころからか、霊というものを怖がらなくなっていた。頭でっかちな部分もあるのだけれど。
 すべての人間がヤクザでないように、すべての霊が悪霊であるはずがない。普通に暮らしていてヤクザに絡まれる確率は、うんと低い。すれ違う人は、ほとんどが怖がる必要のない人である。故に、ほとんどの霊は、怖がる必要がない。
 これが私の理屈である。実際、このとき見た男性も、まったく怖くなかったし、向こうもこちらを気にしていなかった。

 高校生になり、この話をクラスメイトにした際、素朴な質問を受けた。
「食堂って、夜も電気つけっぱなしなの?」
「いや、消してあるよ。真っ暗だから、手探りで歩くんだ」
 私はそのままを答えた。
「真っ暗なのに、シャツの柄が見えたの?」
 問われるまで、気づかなかった。そんなこと、あり得ない。でも私は、はっきりと見た。

 霊なのか妄想なのか、私にはわからない。ただ、山荘は楽しい雰囲気に包まれていて、亡くなった先輩がちょっと遊びに来ることは、自然なことのように思う。
 これにて、一本目の蝋燭を吹き消させていただきます。

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