第三話 先生の感

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 前に話した塾の先生は、私の生涯の師匠でもある。風変わりな人だったが、ときどき妙な感を発揮することがあった。
 私が中学生のときの話。塾で勉強中のことである。先生が突然「お、Tさんが来るな」と言った。
 先生は近くの小学校で剣道も教えていて、他の先生方や、剣道をならっているこの親御さんが、ちょいちょい塾に遊びに来た。Tさんは剣道団の幹事長だ。塾に顔を出すのは、べつに珍しいことではない。
 しかしこの日、先生は突然「来る」と言い出した。
「今、病院の前を歩いている。坂道にさしかかったな。角を曲がって……うん、そろそろだ」
 何を言っているのかと聞き流していたら、玄関にノックが。
「せんせー、いるー?」
 いつものTさんの声である。
 先生はいたずら好きなので、生徒たちは「もともと約束をしていたのに、またいたずらを仕掛けてきたのだろう」と思った。しかしどうやら、本当に予感がしたらしい。

 こんなこともあった。
 私が高校卒業と同時に塾は畳んだのだが、先生との付き合いはずっと続いていた。
 ある時期「読書会」を開いていたことがある。課題図書をあらかじめ読んでおき、集まって意見を述べ合う。
 ある日、遅れてくるメンバーがいたので、私が迎えに行くことになった。駅目指していたのだが、読書会での自分の意見をまとめるのに気を取られ、周囲を見るのを忘れて歩いていた。
 突然、すぐ脇で「500!」と言われた。驚いて見ると、お迎えの相手である。駅から先生に電話して、会場に向かって歩いていたそうだ。駅からしばらくはまっすぐな道だった。先生に「九十九を迎えにやるから、まっすぐ歩いて行ってくれ。500歩くらいで、九十九と出くわすから」と言われたそうで、数えながら歩いていたのだと言う。
 たいして役に立つ予感でもないのだが、不思議なことではある。
 では、三本目の蝋燭を吹き消そう。

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