第十一話 自分を見下ろす
もうひとつ、友人Mの体験談を思い出した。
Mは山好きで、若いころはひとりでも登山に出掛けていた。
山岳ガイドの仕事もしたことのあるUだが、命の危険にさらされたこともあったそうだ。
とある山を、ひとりで登っていたときのこと。Mの水筒は空っぽになってしまっていた。
「慌てることはない。何度も来ている山だ。もう少し行けば水場がある」
そう思っていたUだったが、山肌が崩れたのだろう、目当ての水場は潰れていた。
「これはマズいな……」
喉はかなり渇いている。早急に水を確保しなければならない。山男の感で、水場があるであろう方向に向かう。登山道ではない。藪漕ぎだ。どこまでも続く茂みを、ガサガサとかき分けて進む。
と、Mは、おかしなことに気がついた。藪漕ぎをしている登山者を見ている。宙に浮かび、見下ろしているようだ。そして、茂みをかき分けて進んでいる登山者は……自分だった。
「俺は、俺を見ているのか?」
そう思ったとき、頬にポツンと雫が当たるのを感じた。
雨だーーと思った瞬間、景色が変わった。地面すれすれの視点で、熊笹の根元を見ている。Mは倒れていたのだ。
どうやら気絶していたらしい。雨のおかげで、気がついたようだ。まさに恵みの雨である。
起き上がり、また藪を漕ぎ、なんとか水場を見つけ、事なきを得たと言う。
「あれが世に言う『幽体離脱』だったんじゃないかな?」
おそらくそうだろうと、私も思う。
十一本目の蝋燭を吹き消そう。