第十五話 ケーキと日本刀

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 私はお菓子教室に通っていたことがる。小さな教室で、登録しておくと教室の日程と作るお菓子の連絡が来るので、参加したいと思えば申し込みをする。定員は各回4名で、早い者勝ちというシステムだった。なので、毎回集まる顔ぶれも違うため、簡単な自己紹介から始まるのが常だった。
 ある日、教室に向かう私の頭の中は、なぜか日本刀のことでいっぱいだった。剣道の心得があるので、刀にも多少は興味がある。とは言え詳しいわけではなく、知っている銘など数えるほどだ。
 そんな私が、頭を刀でいっぱいにしている。わずかしかない知識をかき集め、刀についての質問をされたらどう答えるか、シミュレーションばかりしている。
「戦国時代の刀と、江戸時代の刀は、なにか違いがあるんですか?」
 薄力粉と卵を混ぜながら、そんな質問がされるとは、到底思えないのだが。
 教室が始まり、各自自己紹介をしていく。最後に、若い女性が名乗った。
同田貫です。よろしくお願いします」
「え? ご先祖は、刀関係ですか?」
 私は思わず尋ねてしまった。
 私の剣道の先生は熊本出身であった。摸擬刀をひと振り持っていたのだが、その刀が「同田貫(どうたぬき)」であった。熊本は同田貫の本拠地である。
「はい、そうです」と、にっこり笑う。刀の知識のある人が、私と同じような反応をするのだろう。慣れたようすだった。
「ああ、なるほど」と、私は得心がいった。この人と会うから、頭の中が刀でいっぱいだったのだ。
 刀は時として不思議な力を宿すらしい。私の意識が引っ張られたとしても、さほど珍しいことでもないだろう。
 昨今は『刀剣乱舞』の大ヒットで、刀の知識豊富な人が非常に増えたようだ。同田貫さんは名乗るたびに「えっ! あの同田貫!?」と言われているのではないだろうか?
 ちなみに、後から知ったことだが『子連れ狼』の拝一刀の刀は同田貫だそうだ。

 手許に刀があれば蝋燭の芯を斬って火を消すところだが、ないので普通に吹き消すことにしよう。
 これで十五本目。

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