第十六話 ムカデの気配

f:id:tsukumo9951:20200504133628j:plain 友人Aは若いころ、設計事務所で働いていた。その事務所で手掛けていた、都内のオープン前のレストランでの話である。
 作業も大詰めを迎え、翌日に消防のチェックを控えていた。照明など、まだ仕上がっていない部分があり、Aは友人Fに手伝いを求め、徹夜で作業をしていた。
 この現場では、前々からいやな気配を感じていたとAは言う。午前2時ごろになると、厨房から、巨大なムカデのようなものが来る。姿は見えない。例えて言うならば、ムカデとか蛇とか、長い筒状のもののようだと。それもただの筒ではなく、得体のしれない細かなものが集まって群れを成し、ムカデのような形態を作り出しているかのような感じなのだそうだ。
 ふたりはそれぞれ脚立に上り、作業をしていた。FもAから気配のことは聞いていたが、こういうことは体験者でなければ、その感じはわからない。
 午前2時。ふたりで作業していても、それは来た。
「あっ!」と、ふたりは同時に声をあげた。「ザザーッ」とも、「モワーッ」ともつかない感じが、脚立の間を通って行く。
 Fは脚立の上にいた。Aは脚立から下りた状態だった。それがいけなかったのかはわからない。巨大なムカデを成している細かなものの一部が自分に向かって飛んでくるのを、Aは感じた。
 Fに助けを求めようとしたが、うまく声が出ない。細かなものに巻きつかれ、立ったまま金縛り状態になっていた。
 絞り出すような微かなAの声に応えたFのセリフは、ひどかった。
「うわっ! マジか? 来んなよ!」
 ただでさえ金縛りなのに、凍りつく言葉である。
 ムカデの気配が消えれば、体は元通り動く。とにもかくにも、ふたりは急いで作業を終わらせた。
 レストランは無事に開業したが、いくらもたたぬうちに閉店した。大きな通り沿いの店だったので、すぐに違う店が入ったが、長くは続かなかった。イタリアン、フレンチ、洋食といろんな店が入ったが、どれも長続きしなかったそうだ。今、その場所になにがあるのかは知らないとAは言う。

 十六本目の蝋燭、吹き消します。

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