第十九話 猫の死神
もう30年ほど前の話である。
我が家の辺りに、白い野良猫がいた。
ある日白猫は、近くの川に落ちてしまった。今でこそ整備され、そこそこきれいな川になったが、当時はまだドブ川に近かった。危険防止のため、フェンスが張られている。白猫はどうやら他の野良猫に追いかけられ、フェンスの上に飛び乗ったものの、足を滑らせて落ちてしまったようだ。
フェンスの上から川までは、4メートルほどの高さがある。猫なら、無傷で着地できるだろう。ただ、その後が問題だ。川の両側はコンクリートブロックで固められていた。そのため、爪を立てても登ることができないのだ。私は梯子を下ろし、ヘドロまみれになった猫を抱き、助け上げた。母がバスタオルで包んで受け取り、うちの風呂でヘドロを洗い流してやった。おそらく、もともとはどこかで飼われていた猫だったのだろう。大人しく洗われた。
そんなことがあって、白猫は、私と母によく懐いた。「シロ」という安直な名前をつけ、私たちもかわいがった。
後日、シロに息子が1匹いることがわかった。オッドアイの白猫で、長いしっぽは先のほうでかぎ型に折れ曲がっている。すでに母猫よりも大きく育っている。この子は、シロが野良猫になってから産んだのかもしれない。あまり人に懐かなかった。
「この子は、お宅の猫ですか?」
ある日、母がシロたちを見ていると、見知らぬ中年男性が声をかけてきた。男性はシロの息子のほうを見ている。
「飼ってるわけじゃないですけど、かわいがってます」
そう答える母にふうんと頷いてから、妙なことを言った。
「この子、もう長くないですよ」
驚いた母は、否定する。
「そんなことないですよ。さっきも母猫の分まで餌食べてましたから」
「いや、長くないと思うな」
そう言って、男性は立ち去った。
それから三日後、シロの息子は、車に轢かれて死んでしまった。
もしも病気であったなら、見る人が見れば「長くない」と分かるのかもしれない。しかし、事故で死ぬことが分かるのは、いったいどういうことだろう?
その後、母がその男性を見ることはなかったという。
そして、これは偶然だろうけれど、シロも半年後に車に轢かれて死んでしまった。
十九本目の蝋燭、吹き消します。