第二十九話 仏間の気配
Nが高校生のときの話。Nは妹とふたりで、ミュージシャンを夢見ていた。当時は北海道在住で、コンテストにも何度か出場したらしい。
ある晩、姉妹はふたりで留守番をしていた。居間で、曲の練習をしていたそうだ。Nはギターを弾き、妹が歌う。
と、妹がふっと歌うのをやめた。Nもギターを弾く手を止める。
「なんか、音がしない?」
妹は、隣の仏間から物音が聞こえたと言う。言われてNも気づいたが、外にいる飼い犬が、やけに吠えている。
これは、もしかしたら、泥棒が入っているのではないだろうか?
Nは、小遣いを貯めてやっと買ったギターを盾に、恐る恐る襖を開けた。しかし、仏間には誰もいない。
気のせいだったとホッとして、練習を再開。するとやはり、仏間で気配がする。ギターの音色の影で、誰かが歩いているような音が聞こえるのだ。気にしてみると、片足を引きずっているように思われるほど、確かに聞こえる。けれど、演奏を止めると、足音も止む。襖を開けても、誰もいない。
少し怖くなっているところに電話が鳴り、姉妹は跳び上がった。
それは、母からの電話だった。
「おばあちゃんがね、今、息を引き取ったよ」
その日、Nの母は、入院中の祖母の見舞いに行っていた。いや、看取りに行っていたと言ったほうがいいか。
Nも、妹もも、その知らせを受けて気が付いた。入院前まで一緒に暮らしていた祖母は、片足が不自由で、引きずるように歩いていたではないか。
おそらく仏間には、祖母がいたのだろう。亡くなる前か後かは分からないが、帰って来たのだろう。
余談だが、N姉妹が何度か出場したコンテストでは、毎回同じ人が優勝していた。吉田美和。「ドリームズ・カム・トゥルー」のボーカルである。
その話を聞いた人は「そりゃ、勝てないよ」とは言うが、N姉妹がどの程度まで戦えていたかまでは聞かない。大人の礼儀である。
二十九本目、吹き消します。