第三十二話 賽の目
作家のT先生から聞いた話である。
ちょっとした集まりで、知り合いのFが妙なことを言い出した。
「ぼくね、すごいことができるようになったんだよ」
T先生のほかにふたりの人がいて、Fの話に耳を傾ける。
Fは小さめのサイコロを4つと、湯飲みをひとつ取り出した。最初から皆に見せるつもりで用意してきたのだろう。
Fは丁半博打のようにサイコロを湯飲みに入れ、テーブルの上に伏せる。そして滑らせるように、くるくると湯飲みを回した。湯飲みを開けると、サイコロの目はすべて赤い点、1である。何度やっても、すべて1が出る。しかし、ほかの人がやってみると、当然のことながら、目はばらばらだ。
皆はFが、手品を習得したのだと思ったのだが、T先生は「なんだか嫌な予感がした」と言う。「この人、危ない」と思ったそうだ。
それからいくらも経たないうちに、Fが精神を病んで入院してしまったと聞いたそうだ。
賽の目をすべて1にする妙技が、それに関係しているかは定かでないが。
三十二本目の蝋燭を、吹き消します。