第三十三話 おかしなボール
教習所へ通っていたころだから、二十歳くらいの話だ。教習所へ向かう途中に、バッティングセンターがあった。時間調整のためや、嫌な教官に当たってしまったときの憂さ晴らしに、私はときどき、ここに寄った。
ある日のこと、私はいつものように、一番左のボックスに入った。野球は遊びや体育の授業(あれはソフトボールか)でやっただけだが、剣道をやっていたこともあってか、打撃はまずまずである。毎回同じようなスピードで、まっすぐ投げられる球なら、だいたい打ち返すことはできた。バッティングセンターでは、他人のバッティングを後ろで見ている人がたまにいるが、この日もふたり、そうした人が私を見ていた。
何球目だったか。私の視界に、高くバウンドしているボールが映った。網で覆われたセンターの真ん中を、ゆっくり横切るように、ぽーん、ぽーんと跳ねている。
一番右側のボックスの人が打ち損ねたボールだろう。そう思った。
しかし、バットがどんな当たり方をしたら、ボールはこんなバウンドを見せるのか? 私は次の球を待ちながら、ぼんやり考えていた。右利きなので、左側の打席に立つ私からは、高くバウンドするボールがよく見えるのだ。
「……おかしい」
私は心の中でつぶやいた。ボールのバウンドは、だんだん低くなっていくものだ。なのにあのボールは、同じ高さを保ちながら、少しずつ私のコースに近づいて来る。
私のふたつ隣のボックス前を通過する辺りで、私は思った。
「あ、次に投げられるボールに当たるぞ」
よそのボックスで打ち損ねたボールが、自分のボックスのボールにぶつかる確率は、どのくらいのものだろう? めったにないことに違いない。
私の感は的中した。
私に投げられたボールに、バウンドしてきたボールは当たった。真正面で当たった訳ではないのだが、ボールのコースをわずかに反らす程度の衝撃はあった。ほぼストライクで投げられるボールはコースを変え、私の顔目がけて飛んできた。
先ほど書いたが、私には剣道の心得がある。動体視力は、そこそこ鍛えられていた。しかも「当たる」とわかっていたボールだ。充分に心構えもできていた。私はわずかに上体をゆらし、ボールを躱した。
後ろで一部始終を見ていたふたりから「おおっ!」という声が上がったのを覚えている。
しかし、避けられたからよかったものの、危険なボールであったことは間違いない。あのバウンドしていたボールは、どこから来たのだろう? なぜバウンドは低くなっていかなかったのだろう?
私に投げられたボールに当たった後、あのボールがどこへ行ったのかまでは、さすがに追いきれなかった。
三十三本目の蝋燭、吹き消します。