第二十八話 校庭の大銀杏

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 Kが中学生のときの話である。
 ある夜、友人と共に学校の校庭に忍び込んだ。特になにか目的があったわけではない。この年頃の男の子には、夜中に学校に入ることそのものが意義のあることなのだ。
 N中学校の校庭には、大きな銀杏の木がある。Kの話を聞いて、私もN中学校の外側から銀杏を確認した。体育館の斜め前、「校庭の隅」と言うにはやや中寄りという、中途半端な位置に、大木はあった。
 その根元に、Kたちは座っている人影を見つけた。青っぽい作業着を着た男。男はKたちが自分に気づくのを待っていたかのように、すうっと立ち上がった。
「ヤバい! 怒られる!」
 Kたちは思い、走って体育館の裏に逃げ込んだ。しかし、逃げ込んですぐ気づいた。こんな細い道に逃げ込んでしまっては、男に反対側から来られたら、鉢合わせしてしまうではないか。かと言って、戻ったとしても、男は逆側から追って来ているかもしれない。男の動きを見定めてから逃げるべきだったのだ。
 とりあえずその場に留まり、男の姿を見たら、反対側に逃げることにした。
 けれど、しばらく待っても、男は追って来ない。恐る恐る体育館の裏から出てみたが、銀杏の木の根元には、もう誰もいなかった。
「ねえ、おかしくない? 作業服着てるんだから、先生じゃないよね?」
「不法侵入じゃねぇの?」
 不審に思ったKたちは翌日、自分たちも叱られることを覚悟で、担任の国語教諭にこのことを話した。担任の反応は、Kたちが思っていたものと違った。
「え? 銀杏の根元に? 本当に?」
 頷くと、こんなことを尋ねられた。
「あの銀杏の木、曰く付きだって知ってるか?」
 N中学の歴史は、そこそこ古い。尋常小学校として開校したのは1900年のことだ。1953年に小学校校舎が近くに建てられ、尋常小学校はN中学校となった。銀杏の木は、その大きさから想像するに、1900年の開校当初からあったのではないか。とすれば、樹齢は120年以上だ。120年の間には、校舎も建て直したし、校庭を広げたりもしたろう。そんな流れの中、いつの間にか銀杏の木は、中途半端な位置にそびえることになってしまったのではないだろうか。
 担任が言うには、過去、少なくとも2回、銀杏を切り倒す計画が持ち上がった。けれど、いずれも流れてしまった。切り倒すことに決定し、業者に依頼したが、作業員2名が行方不明になり中止になったこともあったらしい。
学校の怪談」として聞くのなら、ありがちな話である。しかし、Kたちは前夜に銀杏の木の根元に、男を見ている。その男の青い作業着と「行方不明になった業者」が重なり、Kたちはゾッとした。あんな暗い中で、作業服の色まで分かった不思議に気づいたのも、この時だと言う。
 N中学には死亡者が多いと聞いたことがある。事故死、自殺……まあ、学校の歴史が古ければ古いほど、そうしたことも増えるだろう。けれど、刺殺事件まである学校は少ないのではないか。もちろん、すべてを怪談に結びつけようとは思わない。

 二十八本目の蝋燭を吹き消します。
 

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