第三十七話 会釈を返した母子

「もう20年以上前の話だけど……」と、Sは語り始めた。 当時、音響の仕事をしていたSは、地方公演のスタッフとして全国いたるところに飛び回っていた。中でも広島には何度も訪れたそうだ。 ある時、いつもの宿が取れず、数名のスタッフがホテルに泊まること…

第三十六話 曾祖母の添い寝

友人Aがまだ幼いころ、母方の曾祖母、つまりひいおばあさんが存命だった。高齢のため、多くを床で過ごしていたが、寝たきりというわけではなく、それなりに元気だったそうだ。 ひいおばあさんは娘(Aのおばあさん)には厳しかったが、初孫であるAの母、そ…

第三十五話 地方公演

劇団を運営しているY夫妻から聞いた話。 その日、Y夫妻は地方公演のため、劇団員と共に車で、とある劇場に向かっていた。 途中、嫌なものを見た。事故現場である。山道にさしかかっており、車通りは少なくなっていた。ついスピードを出しすぎてしまったのか…

第三十四話 電話回線のドッペルゲンガー

「ドッペルゲンガー」とは、簡単に言えば「もうひとりの自分」である。「三回見ると死ぬ」などと囁かれることもあるが、真偽のほどは定かでない。 同僚Nは、過去2回、もうひとりの自分を感じたことがあると言う。「見た」のではなく、もうひとりのNは、電…

第三十三話 おかしなボール

教習所へ通っていたころだから、二十歳くらいの話だ。教習所へ向かう途中に、バッティングセンターがあった。時間調整のためや、嫌な教官に当たってしまったときの憂さ晴らしに、私はときどき、ここに寄った。 ある日のこと、私はいつものように、一番左のボ…

第三十二話 賽の目

作家のT先生から聞いた話である。 ちょっとした集まりで、知り合いのFが妙なことを言い出した。「ぼくね、すごいことができるようになったんだよ」 T先生のほかにふたりの人がいて、Fの話に耳を傾ける。 Fは小さめのサイコロを4つと、湯飲みをひとつ取り出し…

第三十一話 井戸の老婆

友人IとFが福岡に住んでいたころの話だから、10年ほど前だろうか。 暦の上では夏は過ぎたが、まだまだ暑い日のことである。ふたりは川沿いを車で移動していた。何度も通っている道だ。 突然、運転をしていたFが悲鳴を上げた。古井戸の手前である。 Iには見え…

第三十話 三俣のお地蔵さん

知人Fが高校生のころの話だ。Fには兄がいるのだが、悪性リンパ腫で入院、放射線治療、手術を繰り返していた。医者から「覚悟はしておいたほうがいい」と言われたそうだ。 そんなある日、Fの夢に、亡くなった父が現れた。大きな扉があり、扉には後光が差して…

第二十九話 仏間の気配

Nが高校生のときの話。Nは妹とふたりで、ミュージシャンを夢見ていた。当時は北海道在住で、コンテストにも何度か出場したらしい。 ある晩、姉妹はふたりで留守番をしていた。居間で、曲の練習をしていたそうだ。Nはギターを弾き、妹が歌う。 と、妹がふっと…

第二十八話 校庭の大銀杏

Kが中学生のときの話である。 ある夜、友人と共に学校の校庭に忍び込んだ。特になにか目的があったわけではない。この年頃の男の子には、夜中に学校に入ることそのものが意義のあることなのだ。 N中学校の校庭には、大きな銀杏の木がある。Kの話を聞いて、私…

第二十七話 深夜にたたずむ少年

同僚Kが話してくれた。7、8年前のお盆のことだそうだ。 当時夜勤だったKは、会社が休みでも夜更かしの習慣は抜けず、深夜1時ごろ、近所のコンビニに買い物に出かけた。帰り道、友人から電話がかかってきて、おしゃべりをしながら歩いていたと言う。 Kは住宅…

第二十六話 小さいおじさん

一時期、テレビなどでも「小さいおじさん」の目撃談が流されたが、私の身の回りにもひとり、目撃者がいた。 私がパン屋さんで働いていたときだから、もう13、4年前に聞いた話である。同僚のHが話してくれた。 Hが子どものころ、法要かなにかで、親戚一同がお…

第二十五話 風鈴草

続けて、職場のNの体験談を。 Nはマンションの1階に住んでいた。花が好きなNはある日、軒下に風鈴草を植えようと思った。風鈴草はカンパニュラの1種で、白や薄桃、紫といった色の、ベル型の花を咲かせる。種類にもよるが、1メートル以上の背丈になることもあ…

第二十四話 大きな流れ星

職場のNが、高校生のときの話だ。 Nは当時、北海道に住んでいた。高校へは電車通学。部活が終わってから帰宅すると、けっこう遅い時間になってしまう。幸い、近所に同じ高校に通う友人がいたので、ふたりはいっしょに帰っていた。 夜7時。もう辺りはすっかり…

第二十三話 伏見稲荷大社の狐

神社の話をもうひとつ。 友人Mから聞いた話である。 Mは「そうだ! 京都へ行こう!」と思い立ち、京都へのひとり旅に出かけた。 最終日、予定していた観光を済ませたが、まだ時間がある。「ついでに伏見稲荷も行っておくか」 そう思い立ち、伏見稲荷大社へ向…

第二十二話 須佐神社の圧

今でこそ私は神社に興味を持ち、旅行に行った際にはまず現地の神社をお参りするけれど、それはまだ、ここ数年のことである。それまでは神社に対し、特に敬意を払うこともなかった。 細々ではあるけれど、童話を書くことを生業にしている私は、日本の神話にも…

第二十一話 歩道に立つ男

同僚の女性Nから聞いた、数年前の話である。 私もNも帰宅時間は遅く、Nの場合は23時が定刻だ。当時Nは職場までは徒歩だった。片道30分ほど歩くそうで、なかなかの距離である。 その夜は、傘を差そうか迷う程度の小雨が降っていた。30分も歩くので、Nは傘を差…

第二十話 幼年期の千里眼

同じ職場で働く年上の男性Kに、なにか怪談めいた体験はないか尋ねたところ、「ない、ない!」と即答だった。「お化けなんか見たら逃げちゃうよ」と笑う。しかし、しばらくして「そういえば……」と話してくれた。 Kは小学校に上がるくらいまでの間、人の死期が…

第十九話 猫の死神

もう30年ほど前の話である。 我が家の辺りに、白い野良猫がいた。 ある日白猫は、近くの川に落ちてしまった。今でこそ整備され、そこそこきれいな川になったが、当時はまだドブ川に近かった。危険防止のため、フェンスが張られている。白猫はどうやら他の野…

第十八話 鳩の危機

数年前のことである。小雨の降る中、傘を差し、池袋駅を目指して歩いていた。交差点で信号待ち。長めの横断歩道を渡れば、もう東口にたどり着く。 ぼうっと前方を見ていると、はらはらと落ちてくるものが視界に入った。傘をずらして見上げると、信号の上に2…

第十七話 幻の広場

私は生来の方向音痴で、子どものころ、何度迷子になったかわからない。そのころの話なので、はたして不思議なのかどうかもあやふやである。 小学校低学年のころの話だ。家から少し行ったところに「地獄谷」と呼ばれる場所があった。無論、正式な名称ではない…

第十六話 ムカデの気配

友人Aは若いころ、設計事務所で働いていた。その事務所で手掛けていた、都内のオープン前のレストランでの話である。 作業も大詰めを迎え、翌日に消防のチェックを控えていた。照明など、まだ仕上がっていない部分があり、Aは友人Fに手伝いを求め、徹夜で作…

第十五話 ケーキと日本刀

私はお菓子教室に通っていたことがる。小さな教室で、登録しておくと教室の日程と作るお菓子の連絡が来るので、参加したいと思えば申し込みをする。定員は各回4名で、早い者勝ちというシステムだった。なので、毎回集まる顔ぶれも違うため、簡単な自己紹介か…

第十四話 葬儀の夢

同僚の女性Kから聞いた話である。 就職と同時に故郷を離れ、東京で暮らし、結婚し、子ども小学生になった。そんなある日、Kの父親が体調を崩し、入院。容態は思わしくなく、危篤状態になること数度。その度に子どもを連れ帰省していたが、Kの父親はなんとか…

第十三話 お礼のきのこ

この話は、少々酷い描写もあるので、苦手な方は読まないでください。怖い話ではありませんが。 前回に続き、山小屋での話である。ある晩、マイタケの天ぷらが食卓に上った。「お礼のきのこ?」 毎年働きに来ているベテランスタッフYがおかみさんに聞くと「そ…

第十二話 山の上の未確認飛行物体

専門学校を卒業してすぐのことだが、1シーズンだけ、とある山小屋でアルバイトをしたことがある。S山とH岳に挟まれた湿原地帯にある山小屋で、5月の初めにやって来たときは、まだ雪がかなり残っていた。水芭蕉の花が咲いているのはこのころで、夏が来て思い…

第十一話 自分を見下ろす

もうひとつ、友人Mの体験談を思い出した。 Mは山好きで、若いころはひとりでも登山に出掛けていた。 山岳ガイドの仕事もしたことのあるUだが、命の危険にさらされたこともあったそうだ。 とある山を、ひとりで登っていたときのこと。Mの水筒は空っぽになって…

第十話 父の間取り図

友人Mが、家を建て直すときのことである。 Mは学生のころ、父親を突然に亡くした。彼の父は小さな会社の社長だったので、Mはわかないながらも一所懸命調べたり勉強したりして、会社を畳んだそうだ。 もともと商才のあったMは、父親とは全く別の道でだが、順…

第九話 身代りの犬

祖母の話。 祖母は心臓が悪かったそうだ。私が物心つくころには、すっかり元気なイメージしかないが、頭髪は真っ白であった。ということは、40代前半にはすでに白かったのだろう。病気の影響かもしれない。 祖母は「エコ」という名の犬を飼っていた。私もう…

第八話 煙

当時、できて間もないプラネタリウムに就職した友人Oから聞いた話。スタッフの間では「なにかいる」という実しやかに囁かれていた。そういった話はどこにでもあるもので、多くは噂話の域を出ないが、頭のどこかに残っていれば、あれもこれも霊の仕業に思えて…