第二十五話 風鈴草

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 続けて、職場のNの体験談を。
 Nはマンションの1階に住んでいた。花が好きなNはある日、軒下に風鈴草を植えようと思った。風鈴草はカンパニュラの1種で、白や薄桃、紫といった色の、ベル型の花を咲かせる。種類にもよるが、1メートル以上の背丈になることもあるらしい。
 Nは紫の風鈴草を植えようと思い、ホームセンターに苗を買いに行った。ところが、白い花の苗しか売られていない。しかたなく白い花の苗を買って、植えてみた。マンションの壁も白だったので、なんだか冴えない。「でも、風鈴草だから」と自分に言い聞かせ、せっせと世話をした。
 多年草らしく、翌年も白い花を咲かせた。せっせと世話をしつつも、Nはやはり不満だった。花に罪がないのはわかっているのだけれど、やはり紫がよかった。
「もう。紫じゃないなら、全部刈り取っちゃおうかな」
 草むしりをしながら、そんな独り言を言ったそうだ。
 すると翌年、風鈴草は紫の花を咲かせたではないか。紫陽花は土壌によって色が変わるが、風鈴草でそんなことが起こるとは、Nも聞いたことがなかった。
「私のために、色を変えてくれたんだろうか?」
 そう思ったそうだ。
 だが、残念なことに、このマンションは取り壊しが決まっており、Nも立ち退かねばならなかった。
「色まで変えてくれたのに、私が見捨てたと思って怨んでないかな?」
 Nは私にそう尋ねたので、私は「そりゃあ、怨んでますとも!」と答えておいた。もちろん、そんなことはないでしょう。

 二十五本目、吹き消します。

 

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第二十四話 大きな流れ星

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 職場のNが、高校生のときの話だ。
 Nは当時、北海道に住んでいた。高校へは電車通学。部活が終わってから帰宅すると、けっこう遅い時間になってしまう。幸い、近所に同じ高校に通う友人がいたので、ふたりはいっしょに帰っていた。
 夜7時。もう辺りはすっかり暗い。けれど友人とおしゃべりしながら歩くので、怖くはなかった。
 ふと、Nの視界の端に、なにかが映った。電柱の上の方。電線をなぞるように、月ほどの大きさの明かりが、すうっと動いている。青白く光り、尾を引くように移動する明かりは、3秒ほどで消えてしまった。3秒とは、短いようで、けっこう長い。
「今の見た!?」
「流れ星かな!?」
「大きかったよ! 隕石かもしれないね!」
 少し興奮して、そんなことを言い合った。
 家に帰り、さっそく母親に、今しがた見たことを話した。
「バカ! そりゃ流れ星じゃなくて、人魂だよ!」
 そう聞いたとたん、ゾッとして鳥肌が立った。Nの母は、かなり霊感の強い人だったそうだ。そんな母が怖くて、Nは「早く家から出て自活したい」と思っていたそうだ。
 翌日、友人に話すと、やはり母親に同じことを言われたそうだ。

 二十四本目、吹き消します。

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第二十三話 伏見稲荷大社の狐

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 神社の話をもうひとつ。
 友人Mから聞いた話である。
 Mは「そうだ! 京都へ行こう!」と思い立ち、京都へのひとり旅に出かけた。
 最終日、予定していた観光を済ませたが、まだ時間がある。
「ついでに伏見稲荷も行っておくか」
 そう思い立ち、伏見稲荷大社へ向かった。
 伏見稲荷大社と言えば、千本鳥居が有名で、度々雑誌やテレビでも紹介され、観光スポットにもなっている。全国の稲荷神社の総本宮である。
 Mは本殿に手を合わせ、千本鳥居へ。「途中で、奥の院の案内板を見つけ、正規のルートを外れた」とMは言っていた。私は伏見稲荷大社へはお参りしたことがないのだが、調べてみると確かに別ルートがあり、稲荷山山頂の一ノ峰への時間短縮にもなるのだそうだ。
 奥の院を目指す途中、階段で何かが足にぶつかってきたそうだ。そのためMは、派手に転んでしまった。幸い怪我はなかったので、そのまま奥の院へ。到着してから気づいたのだが、左膝下一面に、なにやら動物のものとおぼしき黄色い毛がびっしりとついている。怖くなったMは、とりあえず奥の院へのお参りを済ませた。後からすぐに他の参拝客や、野球部員っぽい学生たちも来たので、少し安心した。
 正規のルートに戻り、稲荷山山頂の一ノ峰を目指す。しかし、登れども登れども、一向に山頂に着かない。案内図を見た限り、そんなに距離があるとは思えなかった。そうこうするうち、日が暮れ始める。謎の動物の毛のこともあり、Mにまた恐怖心が頭をもたげ始めた。もう少し行けば一ノ峰だと思われたが、下山することにした。
 途中、少し開けた場所に仏像のようなものがあったので、引き返す非礼を詫びたと言う。のちに分かったが、それは荼枳尼天だったようだ。
 この後Mは「たくさん稲荷が祀られているところを通った」と言っている。これは二ノ峰の中ノ社のことだろうか? それとも三ノ峰の下ノ社だろうか? ひとりでいることが不安をかき立て、怖さが募る。
 下りても下りても、人に合わない。自分は本当に下りているのだろうか? 稲荷山から出られるのだろうか? 不安が高まる。
 と、人の声が聞こえた。足を速めると、先ほど奥の院で見かけた野球部らしき一団だ。Mは、ようやくほっとした。彼らの後について歩き、やっとの思いで下山できたと言う。
「やっぱり、神社を『ついでに』なんて思ったのがいけなかったんだ。お狐様の罰が当たったんだ」と、Mは噛み締めた。
 その後、伏見稲荷大社で予想外の時間を取られたため、Mは乗るはずだった新幹線を5分差で逃すという災難に見舞われたが、これに関しては、怪談というよりは不運と言うべきか。
 今もMは京都に対して「ちょっと怖い」と感じているようなので、お狐様のお灸は効きすぎたかもしれない。

 蝋燭二十三本目、吹き消します。

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第二十二話 須佐神社の圧

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 今でこそ私は神社に興味を持ち、旅行に行った際にはまず現地の神社をお参りするけれど、それはまだ、ここ数年のことである。それまでは神社に対し、特に敬意を払うこともなかった。
 細々ではあるけれど、童話を書くことを生業にしている私は、日本の神話にも興味を抱いていた。数年前、「そうだ、出雲に行こう!」と思い立ち、にわかに古事記を読んで旅に出た。
 いくつもの神社を巡る旅で、最初に行ったのが八重垣神社だった。一応の礼儀として、ぎこちなく二礼二拍手一礼はした。ここで初めて、御朱印帳をいただいたのだが、この時の私はまだ、スタンプラリー感覚であった。
 旅行二日目。朝早くに起き、移動。この日はまず、須佐神社に行くことになっていた。出雲市駅からバスに小一時間ほど揺られ、須佐バス停下車。さらにタクシーで10分くらいか。ずいぶん山の中に来たという感じがする。
 須佐神社は、そう大きくはないが、静かなたたずまいに品が感じられた。須佐之男命(すさのおのみこと)が御祭神である。
 型通りのご挨拶を済ませ、観光気分で見て回る。と、急に胃が重くなった。まるで鉛の塊が突然胃の中に……いや、と言うより、内臓全体が重くなった感じか。それは須佐之男命に「お前は何者だ!? 何をしに来た!?」と、問い詰められているようだった。
 私はようやく、神社は「行く」のではなく「お参りする」のだと気づいた。私の無礼な心構えが、須佐之男命のご機嫌を損ねたのだろう。
 私はもう一度手を合わせ「たいへん失礼いたしました。九十九耕一と申します。神話の空気を感じようと出雲の神社を巡っております。不慣れなので作法や心構えなど、なってないことだらけですが、これからは心を込めてお参りさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」と、心の中で謝罪した。
 すると不思議なことに、体の内側に感じていた重みが、ふっと消えた。須佐之男命に
「おお、そうか。ならばゆっくりしていけ」とお許しをいただいたように感じた。
 私の神社に対する心構えが変わったのは、このときからである。近所の神社にも、お参りするようになった。
 旅行の後で知ったのだが、スピリチュアル系のとある本に「須佐神社は、須佐之男命の荒々しい気にあてられる人もいる」と書かれていた。まあ、それを真に受けるわけではないけれど、私はちょっと叱られてしまったわけだ。
 神社に限らず、人が大切にしている場所には、それなりの敬意は払うべきだと思う。

 二十二本目の蝋燭、吹き消します。

 

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第二十一話 歩道に立つ男

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 同僚の女性Nから聞いた、数年前の話である。
 私もNも帰宅時間は遅く、Nの場合は23時が定刻だ。当時Nは職場までは徒歩だった。片道30分ほど歩くそうで、なかなかの距離である。
 その夜は、傘を差そうか迷う程度の小雨が降っていた。30分も歩くので、Nは傘を差していた。
 市役所脇の歩道は、わりと広いそうだ。だが、その歩道の真ん中に、Nに背を向ける形で、小太りの男が立っていた。傘は差していない。
 携帯電話でも見ているんだろうか?
 Nはそう思ったと言う。少しうつむき加減に見えたそうだ。
 だんだんと近づくNに、男はまったく気づくようすがない。Nは気味悪さを覚え、いったん車道を渡り、反対側の歩道を歩いて男を追い越すことにした。
 いったい彼は、何をしているのだろう? 気になり、追い越したあたりで振り返る。けれど、男の姿は、もう無かった。一本道で、脇道もない。忽然と消えてしまった、と言うよりほかにない。
 そんなこともあってか、Nは今、自転車通勤をしている。

 二十一本目の蝋燭、吹き消します。

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第二十話 幼年期の千里眼

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 同じ職場で働く年上の男性Kに、なにか怪談めいた体験はないか尋ねたところ、「ない、ない!」と即答だった。「お化けなんか見たら逃げちゃうよ」と笑う。しかし、しばらくして「そういえば……」と話してくれた。

 Kは小学校に上がるくらいまでの間、人の死期がわかったと言う。顔見知りの人でも、テレビに映る人でも、見たとたんに、死期の近い人はわかったそうだ。
「あ、この人もうすぐ死ぬよ」
 子ども故、事の重大さがわかっておらず、感じたままを口にしてしまう。初めのうちは、母親も気にも留めず「あら、どうして死んじゃうの?」などと軽い気持ちで問い返していた。
「車にぶつかって、死んじゃうの」
 テレビ俳優はそれから間もなく、交通事故で亡くなったと言う。
 テレビの向こう側の人ならば、まだよかった。関係性が、ほぼ無いからだ。しかし、これがご近所ならばどうか。
「Sさんちのおばあちゃん、もうすぐ死んじゃうよ」
 こんなことを近所で言われては、母親としても体裁が悪い。
「〇月〇日に、死んじゃうんだ」
 日付まで口にする。そしてそれは、的中してしまう。
 K曰く「百発百中だった」そうだ。
 そのころKは、よく空を飛んでいる夢を見たそうだ。歩くほどの速度で、屋根の上を飛ぶ。上から見ているので、髪の薄い人もわかる。
「あの人、ハゲなんだよ」
 子どもの無邪気さ故、そんなことも口にしてしまう。
「そんなことを言ってはいけません! 特に、人様の死を口にしてはいけません!」
 ある日Kは、きつく母親に叱られたそうだ。当時のKには、なんで自分が叱られなければならないのか、理解できなかったそうだ。
「大きくなるうちに、わかんなくなっちゃったけどね。そのころは、不思議とか、怖いとかって、ぜんぜん思わなかったな」
 私が怪談の水を向けたので、久しぶりに思い出したそうだ。

 二十本目の蝋燭を吹き消します。

 

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第十九話 猫の死神

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 もう30年ほど前の話である。
 我が家の辺りに、白い野良猫がいた。
 ある日白猫は、近くの川に落ちてしまった。今でこそ整備され、そこそこきれいな川になったが、当時はまだドブ川に近かった。危険防止のため、フェンスが張られている。白猫はどうやら他の野良猫に追いかけられ、フェンスの上に飛び乗ったものの、足を滑らせて落ちてしまったようだ。
 フェンスの上から川までは、4メートルほどの高さがある。猫なら、無傷で着地できるだろう。ただ、その後が問題だ。川の両側はコンクリートブロックで固められていた。そのため、爪を立てても登ることができないのだ。私は梯子を下ろし、ヘドロまみれになった猫を抱き、助け上げた。母がバスタオルで包んで受け取り、うちの風呂でヘドロを洗い流してやった。おそらく、もともとはどこかで飼われていた猫だったのだろう。大人しく洗われた。
 そんなことがあって、白猫は、私と母によく懐いた。「シロ」という安直な名前をつけ、私たちもかわいがった。
 後日、シロに息子が1匹いることがわかった。オッドアイの白猫で、長いしっぽは先のほうでかぎ型に折れ曲がっている。すでに母猫よりも大きく育っている。この子は、シロが野良猫になってから産んだのかもしれない。あまり人に懐かなかった。
「この子は、お宅の猫ですか?」
 ある日、母がシロたちを見ていると、見知らぬ中年男性が声をかけてきた。男性はシロの息子のほうを見ている。
「飼ってるわけじゃないですけど、かわいがってます」
 そう答える母にふうんと頷いてから、妙なことを言った。
「この子、もう長くないですよ」
 驚いた母は、否定する。
「そんなことないですよ。さっきも母猫の分まで餌食べてましたから」
「いや、長くないと思うな」
 そう言って、男性は立ち去った。
 それから三日後、シロの息子は、車に轢かれて死んでしまった。
 もしも病気であったなら、見る人が見れば「長くない」と分かるのかもしれない。しかし、事故で死ぬことが分かるのは、いったいどういうことだろう?
 その後、母がその男性を見ることはなかったという。
 そして、これは偶然だろうけれど、シロも半年後に車に轢かれて死んでしまった。

 十九本目の蝋燭、吹き消します。

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