第二十七話 深夜にたたずむ少年

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 同僚Kが話してくれた。7、8年前のお盆のことだそうだ。
 当時夜勤だったKは、会社が休みでも夜更かしの習慣は抜けず、深夜1時ごろ、近所のコンビニに買い物に出かけた。帰り道、友人から電話がかかってきて、おしゃべりをしながら歩いていたと言う。
 Kは住宅街の曲がり角で、何の気なしに曲がった。自宅へ最短距離で戻るには、もうひとつ先の角を曲がるべきなのに。おしゃべりに気を取られていたせいだろうか?
 と、少年の姿を見かけた。小学校高学年か、中学1年生くらいか。真夜中ではあるが、夏休みだし、さほど気にしなかった。けれど、近づくにつれ「おかしい」と思った。
 少年は街灯と、家の塀の間に立っている。うつむいて、じっと地面を見ているようだった。微動だにしない。顔は、むくんでいるように思われた。顔色も悪い。土気色に見える。しかも、街灯の真下に立っているわけでもなく、薄暗い中にいる少年の顔が、なぜ、こうもはっきり見えるのか?
「俺、今、ヤバいもん見てるのかも知れない。ちょっと電話切らないで、しゃべり続けてくれよ」
 Kは友人に頼んだ。
 なるべく見ないように、少年の前を通り過ぎる。すると、背後になにかの気配を感じた。首筋に息がかかりそうなほどの至近距離に、気配を感じたと言う。
 後ろに引っ張られるような感覚もある。体のどこかを引かれるのではなく、背中の毛穴すべてから細い糸が出ていて、それを引っ張られているような感じがしたそうだ。
「ヤバい! ヤバいよ! すぐ後ろに気配がするんだよ。なにかくっついて来てる!」
「振り返ってみればいいじゃん」
「絶対ヤだ! そんなこと、できねぇよ!」
 友人と会話を続けながら、必死にKは歩いた。
 ようやく曲がり角に差しかかる。曲がったとたん、背後の気配は消えた。Kは、冷や汗をびっしょりかいていた。
 後で思い出した。Kは少年を知っていた。年も違うし、べつに仲良くしていたわけでもないが、近所の子で、小さいころから見知っていた。中学に上がったころから心を病み、首を吊って自ら命を絶った子だった。微動だにせず、顔がむくみ、地面をじっと見ているような姿勢。それは……。
 少年が立っていたところは、彼の家だった。お盆で帰って来ていたのかもしれない。
「そこへ顔見知りの俺が通りかかったから、会いたかったのかな?」とKは言う。
 だとしたら、Kがきちんと彼を覚えていたのは、慰めになったのではないだろうか?

 二十七本目の蝋燭、吹き消します。

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第二十六話 小さいおじさん

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 一時期、テレビなどでも「小さいおじさん」の目撃談が流されたが、私の身の回りにもひとり、目撃者がいた。
 私がパン屋さんで働いていたときだから、もう13、4年前に聞いた話である。同僚のHが話してくれた。
 Hが子どものころ、法要かなにかで、親戚一同がお寺に集まったときのこと。お墓に手お合わせ、戻る途中、にわかに雨が降ってきた。慌てて本堂脇の休憩所に駆け込み、雨宿りをした。
 外を見ながら、立ち話する大人たち。子どもの目線は低い。Hは大人たちの足許に、妙なものを見た。10cmに満たない小さなおじさんが、親戚の伯父さんのかかとを、一所懸命押していた。母親に「小さい人が、なにかしてる」と言ったが、大人同士のおしゃべりの最中で取り合ってもらえない。じっと見ていると、ついに押し出されたように、伯父さんが足を踏み出した。
「お、雨、上がったな」
 休憩所から出た伯父さんは、空を見上げながら言った。
 Hは「たぶん、小さいおじさんが、もう雨が上がるから行けって教えてたんだと思う」と言っていた。
 Hはこの他にもう一度、小さいおじさんを見かけたと言っていたが、忘れてしまった。この話も、2度の目撃談が混ざってしまっているかもしれないが、ポイントは押さえていると思う。
 小さいおじさんは、妖精や精霊のような存在なのだろうか? なぜ、おじさんの姿なのだろう? 私も見かけたら、インタビューしてみたい。

 二十六本目の蝋燭、吹き消します。

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第二十五話 風鈴草

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 続けて、職場のNの体験談を。
 Nはマンションの1階に住んでいた。花が好きなNはある日、軒下に風鈴草を植えようと思った。風鈴草はカンパニュラの1種で、白や薄桃、紫といった色の、ベル型の花を咲かせる。種類にもよるが、1メートル以上の背丈になることもあるらしい。
 Nは紫の風鈴草を植えようと思い、ホームセンターに苗を買いに行った。ところが、白い花の苗しか売られていない。しかたなく白い花の苗を買って、植えてみた。マンションの壁も白だったので、なんだか冴えない。「でも、風鈴草だから」と自分に言い聞かせ、せっせと世話をした。
 多年草らしく、翌年も白い花を咲かせた。せっせと世話をしつつも、Nはやはり不満だった。花に罪がないのはわかっているのだけれど、やはり紫がよかった。
「もう。紫じゃないなら、全部刈り取っちゃおうかな」
 草むしりをしながら、そんな独り言を言ったそうだ。
 すると翌年、風鈴草は紫の花を咲かせたではないか。紫陽花は土壌によって色が変わるが、風鈴草でそんなことが起こるとは、Nも聞いたことがなかった。
「私のために、色を変えてくれたんだろうか?」
 そう思ったそうだ。
 だが、残念なことに、このマンションは取り壊しが決まっており、Nも立ち退かねばならなかった。
「色まで変えてくれたのに、私が見捨てたと思って怨んでないかな?」
 Nは私にそう尋ねたので、私は「そりゃあ、怨んでますとも!」と答えておいた。もちろん、そんなことはないでしょう。

 二十五本目、吹き消します。

 

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第二十四話 大きな流れ星

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 職場のNが、高校生のときの話だ。
 Nは当時、北海道に住んでいた。高校へは電車通学。部活が終わってから帰宅すると、けっこう遅い時間になってしまう。幸い、近所に同じ高校に通う友人がいたので、ふたりはいっしょに帰っていた。
 夜7時。もう辺りはすっかり暗い。けれど友人とおしゃべりしながら歩くので、怖くはなかった。
 ふと、Nの視界の端に、なにかが映った。電柱の上の方。電線をなぞるように、月ほどの大きさの明かりが、すうっと動いている。青白く光り、尾を引くように移動する明かりは、3秒ほどで消えてしまった。3秒とは、短いようで、けっこう長い。
「今の見た!?」
「流れ星かな!?」
「大きかったよ! 隕石かもしれないね!」
 少し興奮して、そんなことを言い合った。
 家に帰り、さっそく母親に、今しがた見たことを話した。
「バカ! そりゃ流れ星じゃなくて、人魂だよ!」
 そう聞いたとたん、ゾッとして鳥肌が立った。Nの母は、かなり霊感の強い人だったそうだ。そんな母が怖くて、Nは「早く家から出て自活したい」と思っていたそうだ。
 翌日、友人に話すと、やはり母親に同じことを言われたそうだ。

 二十四本目、吹き消します。

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第二十三話 伏見稲荷大社の狐

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 神社の話をもうひとつ。
 友人Mから聞いた話である。
 Mは「そうだ! 京都へ行こう!」と思い立ち、京都へのひとり旅に出かけた。
 最終日、予定していた観光を済ませたが、まだ時間がある。
「ついでに伏見稲荷も行っておくか」
 そう思い立ち、伏見稲荷大社へ向かった。
 伏見稲荷大社と言えば、千本鳥居が有名で、度々雑誌やテレビでも紹介され、観光スポットにもなっている。全国の稲荷神社の総本宮である。
 Mは本殿に手を合わせ、千本鳥居へ。「途中で、奥の院の案内板を見つけ、正規のルートを外れた」とMは言っていた。私は伏見稲荷大社へはお参りしたことがないのだが、調べてみると確かに別ルートがあり、稲荷山山頂の一ノ峰への時間短縮にもなるのだそうだ。
 奥の院を目指す途中、階段で何かが足にぶつかってきたそうだ。そのためMは、派手に転んでしまった。幸い怪我はなかったので、そのまま奥の院へ。到着してから気づいたのだが、左膝下一面に、なにやら動物のものとおぼしき黄色い毛がびっしりとついている。怖くなったMは、とりあえず奥の院へのお参りを済ませた。後からすぐに他の参拝客や、野球部員っぽい学生たちも来たので、少し安心した。
 正規のルートに戻り、稲荷山山頂の一ノ峰を目指す。しかし、登れども登れども、一向に山頂に着かない。案内図を見た限り、そんなに距離があるとは思えなかった。そうこうするうち、日が暮れ始める。謎の動物の毛のこともあり、Mにまた恐怖心が頭をもたげ始めた。もう少し行けば一ノ峰だと思われたが、下山することにした。
 途中、少し開けた場所に仏像のようなものがあったので、引き返す非礼を詫びたと言う。のちに分かったが、それは荼枳尼天だったようだ。
 この後Mは「たくさん稲荷が祀られているところを通った」と言っている。これは二ノ峰の中ノ社のことだろうか? それとも三ノ峰の下ノ社だろうか? ひとりでいることが不安をかき立て、怖さが募る。
 下りても下りても、人に合わない。自分は本当に下りているのだろうか? 稲荷山から出られるのだろうか? 不安が高まる。
 と、人の声が聞こえた。足を速めると、先ほど奥の院で見かけた野球部らしき一団だ。Mは、ようやくほっとした。彼らの後について歩き、やっとの思いで下山できたと言う。
「やっぱり、神社を『ついでに』なんて思ったのがいけなかったんだ。お狐様の罰が当たったんだ」と、Mは噛み締めた。
 その後、伏見稲荷大社で予想外の時間を取られたため、Mは乗るはずだった新幹線を5分差で逃すという災難に見舞われたが、これに関しては、怪談というよりは不運と言うべきか。
 今もMは京都に対して「ちょっと怖い」と感じているようなので、お狐様のお灸は効きすぎたかもしれない。

 蝋燭二十三本目、吹き消します。

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第二十二話 須佐神社の圧

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 今でこそ私は神社に興味を持ち、旅行に行った際にはまず現地の神社をお参りするけれど、それはまだ、ここ数年のことである。それまでは神社に対し、特に敬意を払うこともなかった。
 細々ではあるけれど、童話を書くことを生業にしている私は、日本の神話にも興味を抱いていた。数年前、「そうだ、出雲に行こう!」と思い立ち、にわかに古事記を読んで旅に出た。
 いくつもの神社を巡る旅で、最初に行ったのが八重垣神社だった。一応の礼儀として、ぎこちなく二礼二拍手一礼はした。ここで初めて、御朱印帳をいただいたのだが、この時の私はまだ、スタンプラリー感覚であった。
 旅行二日目。朝早くに起き、移動。この日はまず、須佐神社に行くことになっていた。出雲市駅からバスに小一時間ほど揺られ、須佐バス停下車。さらにタクシーで10分くらいか。ずいぶん山の中に来たという感じがする。
 須佐神社は、そう大きくはないが、静かなたたずまいに品が感じられた。須佐之男命(すさのおのみこと)が御祭神である。
 型通りのご挨拶を済ませ、観光気分で見て回る。と、急に胃が重くなった。まるで鉛の塊が突然胃の中に……いや、と言うより、内臓全体が重くなった感じか。それは須佐之男命に「お前は何者だ!? 何をしに来た!?」と、問い詰められているようだった。
 私はようやく、神社は「行く」のではなく「お参りする」のだと気づいた。私の無礼な心構えが、須佐之男命のご機嫌を損ねたのだろう。
 私はもう一度手を合わせ「たいへん失礼いたしました。九十九耕一と申します。神話の空気を感じようと出雲の神社を巡っております。不慣れなので作法や心構えなど、なってないことだらけですが、これからは心を込めてお参りさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」と、心の中で謝罪した。
 すると不思議なことに、体の内側に感じていた重みが、ふっと消えた。須佐之男命に
「おお、そうか。ならばゆっくりしていけ」とお許しをいただいたように感じた。
 私の神社に対する心構えが変わったのは、このときからである。近所の神社にも、お参りするようになった。
 旅行の後で知ったのだが、スピリチュアル系のとある本に「須佐神社は、須佐之男命の荒々しい気にあてられる人もいる」と書かれていた。まあ、それを真に受けるわけではないけれど、私はちょっと叱られてしまったわけだ。
 神社に限らず、人が大切にしている場所には、それなりの敬意は払うべきだと思う。

 二十二本目の蝋燭、吹き消します。

 

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第二十一話 歩道に立つ男

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 同僚の女性Nから聞いた、数年前の話である。
 私もNも帰宅時間は遅く、Nの場合は23時が定刻だ。当時Nは職場までは徒歩だった。片道30分ほど歩くそうで、なかなかの距離である。
 その夜は、傘を差そうか迷う程度の小雨が降っていた。30分も歩くので、Nは傘を差していた。
 市役所脇の歩道は、わりと広いそうだ。だが、その歩道の真ん中に、Nに背を向ける形で、小太りの男が立っていた。傘は差していない。
 携帯電話でも見ているんだろうか?
 Nはそう思ったと言う。少しうつむき加減に見えたそうだ。
 だんだんと近づくNに、男はまったく気づくようすがない。Nは気味悪さを覚え、いったん車道を渡り、反対側の歩道を歩いて男を追い越すことにした。
 いったい彼は、何をしているのだろう? 気になり、追い越したあたりで振り返る。けれど、男の姿は、もう無かった。一本道で、脇道もない。忽然と消えてしまった、と言うよりほかにない。
 そんなこともあってか、Nは今、自転車通勤をしている。

 二十一本目の蝋燭、吹き消します。

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